monolog

駄文を書くこと、文章をかくことについて

雑記

先ほどの記事でもあったように、僕は駄文を書くのが好きで、このようにダラダラと近況であったり、何か一つの物事についてとりとめもない、結論もない文章を書くのが好きです

というのはつまり「僕はポエムが好きです」と表明するようなものなのですが、ポエムみたいなふわふわしたものではないと思いたいし、思っています。つまりポエムという単語の語感が嫌いです。

多分この先も延々と取り留めのない話になるので、読んでいて眠くなるであろうことを先にお断りします。

なんで好きなのか、というのは単純に自分の性格に由来するものなので、あまり具体的にこう、と説明することができない。

ただ、単純に自分が思っていることを共有したくて、逆に共有もされたいのでやっている。

僕は基本的に人に何かを説明する時にそれに付随した色々なものを一緒に説明してしまいがちだというのがあります。
それはこれまでの記事でもある通りで、ひたすら「そういえば」「ふと」が続いたり、括弧による注釈が多かったりするのはそういうことです。
これは、僕が何かを伝える時に、「バックグラウンドとしてはこんなことがあって、こうだから、いま説明してるのがこうなっています。」ということを表現するための手段です。

僕が基本的に物事を結びつけて考えているので、それを相手にも伝えたいというのはあるし、そうした方が理解の助けになるのでは、と思ってやっているだけです。

ただ、これをすると往々にして、結論を見失ってしまいがちで、「で、だから?」となってしまいガチなのが難点。まだまだ修行が足りてないですね。

聞く側の経験としては、色々な知識が入れどもやっとしたまま終わるよりかは、情報量は少ないが結論がスパッと手に入る方が望ましい場合もあって、そこはケースバイケースなわけですが。
ただ、前者の方が圧倒的に重要だと僕が思っているのでそうしているというだけです。エゴです。

で、このようにして情報量を増やして会話したり文章を書いていると、自然と「この人はこういう考えで書いているのだから、これはこうなんだろう。」「前に言っていたこれがこれと結びつくので〜」みたいなようにして、こちらの考えを汲んでもらえて良い感じになるのでは、というのがあります。

これは言うなればレコメンデーションエンジンみたいなもので、好きな本、フェチなんかを共有することによって、他人からどんどん情報が入ってきて幸せになるというあれを一般の会話に応用したようなものでは? と思っています。

あとは単純に物を書く練習です。日頃 Twitter 以外で何もアウトプットしないので、たまには文章を書いていたほうがまだ頭が回って良いです。

ここまでが僕が書く理由です。

で、上の理由の裏返しで、僕は他人が何かを話し/書いたときに、そこに至ったバックグラウンドを知りたくて、なのでこのように駄文を書いて欲しいと思っています。それだけです。

ちなみにここで、「趣味は人間観察です」、というと途端に胡散臭くなることが知られています。

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